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美術館へ行こう 町田市立国際版画美術館「生誕百年記念 畦地梅太郎展」
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アゼチ ウメタロウ。ご存知だろうか。伊予の山河や日本各地の山、山男と題した不思議なキャラクターを、深みのあるはっきりした色合いと、卓越した構図で描いた明治35年生まれの版画家。山に親しみつつ、こつこつと版画を彫りつづけ、多くの魅力ある作品を残した。
展示は2章12部からなり、「ふるさとの日々」「版画との出会い」にはじまり、時代や環境とともに静かに大きく変化をみせる作風の流れをたどることができる。各部のはじめには、簡潔で的を得た解説がつき、書簡や愛用の道具、切りぬきや表紙を手がけた山の雑誌など、仕事と生活との両面から、畦地梅太郎という実に魅力ある人物が浮かびあがる。
愛媛は宇和島に近い農村に生まれ、18才で上京、様々な職についたあと、内閣印刷局で働くうち、「ひょんと思いついて、鉛の板に版を彫ってみた」のが版画との出会いとなった。四国特有の入り江など、構図の冴える「伊予風景」は緑と青の色が際立つ。戦時は満州に赴いて宣伝の仕事に就き、威張りちらす日本人に憤る一方、異国の風景、人々を飽かず描いた。家族や友人に送った絵入りの葉書は、感謝と思いやりに満ちている。
昭和12年、誘われて登った浅間山での「山は生きている」という驚きが、故郷の石鎚山をはじめ各地の山を歩き描くきっかけとなった。「登山家というより登山者」ということばが、畦地の質実な性格を語っている。正確な模写ではなく、「山の空気をうんと吸い込んで描く」考え抜かれた山であった。このころ、雑誌「山と渓谷」で表紙をはじめ山の地図、スケートの解説図まで、いろいろな仕事をこなしている。 50歳を迎え、新たなモチーフである山男が登場する。鳥や獣と親しむ無骨な山の精のような、「近代スポーツ的な山男でなく、真実山そのものの好きな」山男は、他ならぬ畦地自身であった。その姿は、戦後の抽象流行ともあいまって、1個の肉体から山男の感情そのものへと抽象化されていく。ミロやクレーを思わせる画風はしかし世間に認められず、思わぬ怪我で一時制作を休んだのち、4人の子を育てあげ、もはや山歩きのできなくなった高齢の畦地が辿りついたのは、家族を抱えた山男であった。「山の家族」のシリーズは、平和を表す雷鳥がとび、色彩も明るく、あたたかみがいっそう増している。
晩年を町田で過ごし、そのお蔭で、ここ国際版画美術館の、生誕百年記念にふさわしい充実した展示から、畦地という1個の大きな人間を知ることは幸せだ。カタログ(¥2,000)も、美しい装丁と豊富なカラー図版、なにより充実した解説が嬉しい。
版画だけでなく、山の雑誌などに請われて書いた文章も、多くの愛読者を得た。おおらかな字もいい。
「昔から版画を作るということに、やたら熱中したわけではない。のらりくらりとやってきたのである。(中略) それから、わしはすべての仕事の上に、自分の得た人生経験以外のものは、どうも発言することは苦手である」
10年ほど前に、松山の美術館でいくつかの風景作品を目にしていらい、四国のうららかな海山とともに、どことなく心に残る作家だった。
町田から小田急線で二駅の鶴川には、ご家族によってアトリエも公開され、毎年の年賀状や小さな作品、蔵書などを見ることができる。生誕百年記念ということで、山と渓谷社からは2002年度のカレンダー(¥1,470)も発売され、来年は大規模な展覧会や出版も予定されている。楽しみに待ちたい。
*『生誕百年記念 畦地梅太郎』展は11/25まで *畦地梅太郎のアトリエは会期後も公開されています。 『あとりえ う』東京都町田市市鶴川1-13-12 TEL: 042-734-8586 開館日: 木・金・土・日 11:00〜16:00(11/25までは火、水も開館)
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| ◆伊予風景より(1936年) |
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| ◆浅間山(1968年) |
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| ◆親子よろこぶ(1978年) |  |
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| ◆アトリエ入口。山男のキャラクターが出迎えてくれる |
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