和雑貨 翠 TOP > 和から始まる小さな旅 目次 > Vol.10
館山の唐桟織
 江戸から明治、昭和のはじめあたりまで、庶民の着物といえば、なんといっても縞だった。箪笥の引き出しに残っているお宅も多かろう。縞にもいろいろあるけれど、木綿の縞といえば唐桟だ。江戸時代に、オランダを通じてもたらされたのが最初らしい。
 「唐桟留」の由来は、サントメ島とも積出港セント・トマスともいわれ、インド伝来との説もある。将軍家では袴に仕立てて大奥で着用したため、奥縞という名もついた。ごく細い2本取りの木綿糸を平織りにした鮮やかな舶来の縞は、江戸の町人を魅了し、川越などでも国産品が模作された。藍と紅を基にした色づかいは限られたが、その組み合わせと線の幅により、蘭立(乱立)、牛房(ごぼう)、鰹など、親しい呼び名が今に伝わる。絹物禁制下でも、絹に紛うなめらかな手触りが、いよいよ裕福な町民にもてはやされた。
 いまでも各地に残る縞木綿のうち、自然の染料をつかった手織りの唐桟は、千葉の館山に伝わるのみとなった。

 千葉から内房線に乗りかえ蘇我までくると、朝の通勤客もすっかり降りて、ボックスの車内はガラガラになる。南端の館山まで2時間、距離のわりにゆっくりの路線だ。単線なので、待ち合わせの時間が長い。ベージュと青の電車がすれ違ってようやく発車となる。なつかしい住宅地の景色は木更津でとつぜん畑に遮られ、次の君津は白っぽい新興の住宅地、それから次第に田畑がひろがる。既に刈り取られ、たっぷりと干された稲の束。海はなかなか見えず、むしろ海際まで迫る山々が、房総半島の平地の乏しさを感じさせる。佐貫町をすぎて、ようやく草の間から海がのぞき、漁港もちらほら現れる。浜金谷駅では、線路の両側に迫る平べったい鋸山に、あやしく雲がかかっていた。ここからフェリーに乗ると、たった35分で横須賀に着くそうだ。

 館山の駅は、明るく大きく、あまり海の町らしくはないが、300メートル先はもう浜だ。海と反対側のロータリーからバスに乗って、唐桟織りの斎藤さん宅へ向かう。バス停から小路へ入ると、カシャンカシャンと力強い機の音が聞こえてきた。染色用の薪や干し場がある庭をはさんで、4代目の斎藤裕司さんと父上の工房がある。おなじ注文品を織るのでも、糸の染めから別々に作業する職人二代の仕事場だ。

 おいそがしい機の手をやすめてご説明いただいた。糸は太さの異なる3種、染料は現在7種をつかい、全て自前で染めている。かつては山桃、榛(はん)の木の実などは近くで採れたが、もう木を斬るひともなく、量も足りないので全て問屋から買ってくる。ほかにビンロージュ(椰子)、虫がつくる漆の瘤からとれる五倍子(キブシ)、コチニール(サボテンにつくカイガラ虫)、カテキュー、それぞれの染料に、ミョウバンや鉄をかけて、更に2〜4種の色に分かれる。天然で出せない赤だけは化学染料をつかうが、キブシなどをかけあわせて自然な色合いを出す。土間には藍甕が埋め込まれ、甕のぞきから上紺(じょうこん)まで6種の段階に染められる。

 この天然染料と手で織ることが、館山の唐桟の特色だ。縦糸をつよく引っぱる機械織りにくらべると、ゆったりと糸が絡まるので、体感温度が2,3度高いという。着やすくて、摩擦につよい。最も細い80番の糸で織ったものは、木綿とは思えぬほど薄くてやわらかい。1反織るのに太い糸でも2日はかかるため、全国からの注文も順番待ちだ。工芸品ではなく、ほとんどが着尺として織られており、踊りやお茶の稽古着としてあつらえる人もある。

 斎藤さんの見本帖には、イスズやオランダ、絣と呼ばれる定番に加え、新たに考案された縞の小布がびっしりと貼られて美しい。定番が人気だったが、このごろは偏りなく好みが分かれるという。縞の幅も広いものが増えてきた。裕司さんも父上の光司さんも、かつて柳悦孝氏のもとで学んでいる。機の脇にはデザイン用のマックが置かれ、土間の藍甕のわきには、女の子用のちいさな自転車が、生活感を添えていた。

 駅から歩いて15分ほどの海際に建つ安房博物館では、房総沿岸に伝わる漁業の歴史が一望できる。海岸の複雑な地形は、捕鯨や潜水、突きん棒やタコツボ漁、地引網など、多様な漁法を生み出した。いろいろな和船、10メートルもあるカジキ用の銛など大きなものから、お櫃やカツオブシ削りにそっくりな道具入れなど小さなものまで、貴重な資料が豊富にそろう。蛸や貝など漁にあわせて様々な形に編まれた竹籠は、昔のひとの器用さの証しだ。縁起物があかるい型染めで描かれた、万祝(マイワイ)という藍木綿の祝い着など、活気ある海のくらしの風習や信仰もよくわかる。海女の手縫いの海水パンツは、格子縞の木綿であった。丸い柄の房総うちわも館山の民芸品だ。

 館山平野を見下ろす丘のうえの城山公園には、江戸時代、安房を治めた里見氏ついの本拠地となった館山城がそびえる。隣接する館山市立博物館には、館山の歴史とともに、馬琴の里見八犬伝の資料が展示されている。かつての城下町には、板張りの古い立派な商家があちこちに残り、青々と茂る垣根のむこうに井戸の跡もいくつか見えた。  以前は海水浴客でにぎわった館山も、地魚やマリンスポーツに加え、海沿いに四季折々の風情をみせる花畑やいちご狩が観光の中心になりつつあるという。駅前の館山銀座で土産に買った、里見や伏姫の名のつく菓子は、なかなかにうまかった。
◆江戸の町民に愛された唐桟織
◆けぶる鋸山
◆斎藤さん宅の庭に干された鮮やかな糸
◆藍染めの糸
◆4代目、斎藤裕司さん
◆縞の小布がびっしりと貼られた見本帖
◆海際に建つ安房博物館

千葉県館山市
館山市観光協会
【TEL】0470-22-2000 【URL】http://www.awa.or.jp/home/tkk/
唐桟織 斎藤裕司さん
【TEL】0470-23-1509 【URL】http://www.awa.or.jp/home/boshu/tozan/index.htm


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