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和雑貨 翠 TOP
> 和から始まる小さな旅 目次
> Vol.12
朝晩がぴりっと冷えるようになり、部屋の窓からみえる木の葉がうっすら赤みを帯びてくると、心は山に誘われる。
紅葉のたよりを気にかけながら、どこか近場に見当をつけ、たのしい道連れと都合があって、お天気がそろえばさあ出発、気軽な秋の遠足だ。
東京の西寄りから行くとなれば、奥多摩あたりが手っ取りばやい。1000メートルほどの山が連なるこの辺りは、1年じゅう都心の山好きに人気がある。御岳山にはロープウェイもあるけれど、もすこし西の鳩の巣渓谷あたりを多摩川沿いに歩いてみることにした。ちかくには、川合玉堂の美術館、吉川栄治記念館、青梅きもの博物館など見どころも多々あれど、今回は渓谷を歩いたあと、お湯に浸かっておそばを食べようという欲のない趣向。
中央線を青梅線に乗り換えると、ゆったりした家並みのすぐ後ろに、ぐっと山が迫ってくる。日曜のおひるちかくの奥多摩行きには、軽装のカップルや親子連れがほとんど。重装備の登山者は、こんな時間には見あたらない。二俣尾(ふたまたお)、軍畑(いくさばた)と由緒ありげな駅の名を聞くうちに、鳩の巣のひとつ手前、古里(こり)に着く。
山小屋ふうの駅舎をでると、お店一軒なくて、ばらばらと降りた乗客は、駅前のおおきな地図を睨んでとりどりに歩き出す。四方をとりまく青々した杉山を仰ぎつつ、多摩川にかかる万世橋を渡ると、はるか眼下の清流をはさんで、赤や黄に色づきはじめた木立が、ずっと先まで伸びている。盛りには一足はやいが、陽を受けて色の層を照らす渓谷の眺めは壮観だ。冴えた秋空と、ひんやりした山の空気も気持ちいい。橋を渡ると、左に川、右に杉山をながめながら林道をしばらく進む。「クマが出ます」の看板。杉山の日陰は歩いていても冷えるけれど、ふりかえって見る万世橋のあたりは赤く染まって美しい。
駅から30分ほど、材木所などを通り過ぎると、小丹波の集落に出る。きっちりと重ねられた古い石積みの上に、年季のはいった家が点在し、それぞれの菜園には葱や白菜や菊がきれいに植えられている。自生のようにも見えるミカンや柿の木も実をつけて、干し柿をびっしりと吊るした軒もある。茅葺屋根ちかくの小屋には鶏の姿。のんびりした集落を過ぎると、アスファルトの道路は渓谷へおりる狭い山道にかわり、遊歩道というにはかなり険しいコースになる。杉とシダ類の繁るうす暗い山道を降りきって、多摩川から分かれた寸庭川、越沢(こいざわ)という2本の細い流れを木の橋で渡ると、今度は急な登り坂だ。山のなかは紅葉もみえず、足元を確かめながら息をきらせて歩いていると、反対方向から足取りかろやかに重装備の年配グループがおりてくる。「鳩の巣?もうすぐよ。私達はスタートから来たの」と元気いっぱい。大多摩ウォーキングトレイルの出発地といったら奥多摩からの道のりか。すれちがう重装備のグループは、なぜか誰からも疲れがまったく見えない。我々の息はますます荒い。
せまい山道を登りきったあたりで眺望がひらけ、三角の山々に囲まれた谷間にひろがる家々が、夕日を浴びてあたたかげに見えた。坂のおおい鳩の巣の集落にも、石を積んでならした土台に立派な家と畑がならぶ。雪が深いらしく、屋根の勾配はかなり急で、坂のコンクリートにも斜めに溝が彫ってある。庚申塚やちいさな鳥居がゆかしい。ひろい縁側のある茅葺の庭先には、おおきな白菜と樽が出してあった。
古里からざっと1時間半ばかり、ひと駅ぶん歩いて再び多摩川に出る。古里よりも上流になる鳩の巣渓谷は巨岩がごろごろして迫力がある。この辺りは釣り場でも有名らしく、民宿も数件。ちかくには、勢いよく流れ落ちる30メートルばかりの滝もみられ、渓流に下りることもできるが、やはり多摩川にかかる雲仙橋からうち眺める紅葉がきれいであった。ここを山登りの終点にするひとが多いらしく、名物の手打ちそば屋は、楽しげなお客さんでいっぱいだ。
温泉宿のお湯に浸かって、慣れぬ山歩きに張った足をほぐすと、疲れがいっぺんにほぐれた。女湯から渓流はみえないが、壁の一辺は巨岩をそのまま使ってある。後から入ってきた重装備のグループは、お化粧を落とすの落とさないのと浸かるまえから姦しく、疲れのつの字も見えない。4人も入ればいっぱいのタイルの湯船に「あら狭いわね、これで千円は高いわヨ」「うちの方じゃ、打たせ湯だのいろいろあって500円ヨ」と厳しいが、ともかくみんな嬉しそうだ。
お風呂あがりは待望のビールと手打ちそば。こぶりのザルに盛られた噛みごたえのあるそばは、見かけよりたっぷりで、なかなか減らない。川魚や天ぷらも食べられる。一日歩いた果てに、おおきな荷をおろして飲むビールが旨くない筈はない。日も暮れて片付けはじめたお店の人が運ぶ袋には、ビールの栓がびっくりするほど詰まって重たい音をたてた。
山にかかる三日月をながめながら、急な坂にあえいでようやく鳩の巣駅にたどり着くと、帰りの青梅線も、まだまだ元気な登山客でいっぱいだった。 | |
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| ◆出発は古里の駅 |
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| ◆万世橋から望む渓谷 |
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| ◆林道の道祖神 |
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| ◆沢にかかる木橋を渡る |
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| ◆不意にひらける盆地の眺め |
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| ◆白菜を漬ける軒先 |
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| ◆鳩の巣渓谷の巨石 |
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