和雑貨 翠 TOP > 和から始まる小さな旅 目次 > Vol.15
親方は小物がお得意 江戸指物師 渡辺光さん
 都電が走る荒川区。昼過ぎの住宅地はひっそりと人気がない。常磐線のガードをくぐると、シャッターの下りた2階建のまえで、運よくトレーナー姿の若い女性と目が合った。聞けばこちらが渡辺さんのお宅とのこと。看板がないので、あやうく通り過ぎるところだった。「お待ちしてました」と案内してくださる彼女の足元は足袋。お弟子さんの出迎えであった。

 マンションも兼ねる建物の2階が仕事場だ。部屋は10畳ほどだが、その奥と1階にはひろい材木置き場がある。もともと、広い家をもたない関東住まいの江戸指物師は、丸太を置く余裕がないので、切って乾かした板を材木屋から買うのが常という。恵まれた仕事場を残してくれた渡辺さんの先代は、9年前に亡くなった。かつては住み込みの職人も抱え、多い時には5,6人が寝起きしたので、おかみさんも、食事にお茶にといそがしく世話をした。
 時おり、常磐線の電車が音をたてて通る。鋸(ノコギリ)や鉋(カンナ)が整然と壁に並んだ仕事場には、塵ひとつない。「やっぱりいいものを売るわけだから、このへんに埃なんかあると、ちょっとね。」掃除はお弟子さんが早く来て済ませる。

 昭和24年生まれの渡辺光さんは、荒川育ちの二代目江戸指物師。中学へあがる前に、年家業を継ごうと迷わず決めた。高校だけは出てほしいという父上の希望で進学したが、学校からまっすぐ帰って、4時から6時まで作業台に座る毎日。野球部に入りたかったが、帰りが9時なので断念、朝練中心の合気道をつづけた。指物師きってというスタミナは、この鍛錬の賜物か。
 最近つくられた和装小物箪笥は、漆を拭いたタモの木目が華やかに浮んでひときわ目を引く。帯〆入や、小物を収める小乱(こみだれ)盆を組みこんだ、裾広がりの形も立派な高さ80センチちかい力作だが、25日ほどで仕上げたというから驚きだ。黄蘗(キハダ)の帯〆入にも、惚れぼれする風格がある。

 だが、渡辺さんのお得意は、小物類。2寸(約6センチ)から五寸までそろう手鏡は、桑の板をまるくくり抜き、ひもと呼ぶ細長い板をまわした溝に、鏡をはめこむ。すべて手で彫るひともあるが、数をこなす渡辺さんは、専用の機械で彫り、手で仕上げる。作る量により、機械と手を使い分け、効率よく注文をこなす計算も、現代の職人には必要だ。仕上げの漆拭きは、塗師(ぬし)と呼ばれる専門の業者にまわす。くせのある小判型は役者向きだが、さいきん一般にも人気が出ているそうだ。そのほか楊枝箱や、箸入など。堅くてねばりづよい桑は、溝で噛ませる細工に向くという。蓋を引くと、なるほど快い重みで滑る。この箸入、8寸の女もので4万円という値段だが、象牙の箸などを収めるにちょうどよい。もともと役者の楽屋や旅館など、格を重んじる場で欠かせないのが指物だ。

 ちょっとした給仕に使えるも名刺盆は、桐の底板に、朝顔のかたちでカーブを描く桑の縁がうつくしい。旅館の釣銭盆として、まとめて卸したこともある。持ってふわりと軽いのも、桐ならでは。魚篭(びく)型という、やや口すぼまりの小乱盆。脱いだ着物をおさめる乱盆のちいさいものだ。いずれも美しい木肌と選びぬかれた形をもつ。桑の折りたたみ式枕は、頭をのせる部分がごくちいさい日本髪用。畳めばぴったり重なって、バッグにも楽に収まる。さいきんは盆栽を置いたり、様々に使われるらしいが、遊び心あり、いかにも洒落たつくりである。海外旅行で取り出せば、目を引くこと請け合いだ。木組みを駆使した携帯品というのも指物の特徴で、お尻にはさんで長時間の正座を助ける合曳(あいび)きや、邦楽の楽譜をのせる見台(けんだい)などが好例だ。

 ものによって、仕上げは高級感のある拭き漆からウレタン、ラッカーと塗りわける。価格を押さえるため、棚などの見えない芯に、ベニヤを用いる場合もあるが、より伸縮率のすくないニュージーランド産の材も試みるなど、技術はむろん、素材を幅広く使いこなし、客の好みや予算に応じる。材や仕上げについてお尋ねすると、渡辺さんはさっと現物を取り出して、丁寧に教えてくださる。塗りのことは、なじみの塗師屋さんに電話一本。ほかにも金具をつくる錺(かざり)職、ミシン屋ともよばれる彫刻師など、多くの専門職と長年のつながりがある。
 ご説明の途中、「(弟子の)勉強にもなるからね」という言葉を何度かきいた。ふるい箪笥などの修理は、解体して組みなおすので、手間が倍かかる割りにお金にはならないが、やはり「勉強になる」という。

   それにしても、板や作品であふれる作業場は、見本の宝庫だ。指物は高価というが、注文しだいで、贅を尽くすことも、意外に安く仕上げることも可能なことがわかる。腕利きの指物師を相手に、じぶんの希望どおりの家具を誂えるたのしさ。ちょっと類のない贅沢だ。職人さんは、どんなシロウトくさいことを聞いても、待ってましたとばかり答えてくれるのがうれしい。それぞれに得手や個性があるので、展示会を見たり、話をしてみて、相性のよい指物師を探すのがよいそうだ。

 「気はやさしくて力持ち」というのが、展示会場でお会いした渡辺さんの印象だった。仕事場の座蒲団にどっしり構えたところは、ぐっと「親方」の貫禄だ。これまで4人の弟子を受け入れたが、みな独立するに到らず去った。朝から晩まで修行して3年かかる厳しい仕事だ。休みは日曜のみ。勤め人のように、入社するなり給料がもらえる訳ではない。5人目にして、目下、期待を担っているのが、この春で2年になる福崎朋子さんだ。いま、現役で活躍する指物師15人の、約半数にお弟子さんがついているが、女性は福崎さんを含む2人。「女性の方が忍耐づよく仕上げる」とは親方の弁。おだやかな渡辺さんだが、仕事場には緊張感がただよう。隅の作業台で、大きな図面と客の相手をする親方をじっと交互に見つめる福崎さんは、親方の言葉にすばやく応える。小物を撮らせていただこうとすると、「あ、布を敷きますか。グレーのがいいかな。」と親方が言い終えぬ間に、つと立ってたちまち用意。「お三時」と声がかかれば即お茶。頃あいを見て入れ替える。ツーといえばカー。理由はかんたん「やらないと、怒られますから」。しかも、用事で隣の間へ立つたびに、決して親方の脇も後ろも通らず、寒いベランダづたいに行く。
 厳しいばかりではないらしい。女性の福崎さんが来てから、休憩はおひるとお三時のほかに、十時の一服も加わった。指物師の足許は、滑らぬ足袋がならいだが、福崎さんの綿と絹のは親方からの支給品だ。カーキの作業ズボンも、「『俺と同じのだ』と専門店で買っていただきました。・・別に、ふつうのなんですけど(笑)」

 木は乾燥を極度にきらうこともあり、指物師は冬も火鉢ひとつで寒さは平気と聞く。こちらは薪ストーブが景気よく燃え、膠用の鍋が湯気をたててあたたかい。それも後で聞けば「お客さんだからね」とのこと。紫の絹座布団にすっかりぬくんだ長尻をあげたとたん、「お履物は?」「揃えました。あ、傘をお忘れなく!」細やかさもまた、受け継がれているらしい。

 指物の用語には、蟻接(ありつ)接ぎ、雇い接ぎといった木組みなど、おもしろいものが多い。朝顔型、魚篭(ビク)型などは、姿のよさもさながら、とりわけ床しく耳にひびく。乱盆や煙草盆、さいきんなら携帯電話やリモコンにちょうどいい「わすれな盆」もきれいな呼び名だ。巷ではみられぬ緊密な師弟関係もまた、美しき伝統の一と思わせる、親方と弟子の仕事場であった。

   
◆二代目親方 渡辺光さん
◆和装小物箪笥 拭漆仕上げ タモ 前桑 ¥1700,000
◆帯〆入 黄蘗 時代仕上げ ¥56,000
◆手鏡大小 桑など
◆夫婦箸入 桑
◆魚篭型小乱盆と朝顔型名刺盆
◆日本髪用折り畳み式枕 桑
◆上の枕は畳んでも粋
◆入門2年の福崎朋子さん
◆簀子(スノコ)敷の手拭入 ¥35,000 小卓 ともに黄蘗
◆形もさまざま 忘れな盆など

渡辺光さん
東京都荒川区荒川3-26-1
TEL/FAX: 03-3801-8506


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