和雑貨 翠 TOP > 和から始まる小さな旅 目次 > Vol.18
本の街 東京 神田
 世界に誇る書店街、神田の朝はゆっくりだ。間口のせまい古本屋が、重たげなシャッターや、ガラス戸の奥のお手製みたいなカーテンを開けるのは、10時をまわったあたりから。風呂敷包みや紐でくくった本の束をのせた小ぶりの台車が、通りを小走りに行き過ぎる。

 神田は古代「ミトシロ」と読み、皇太神宮に新稲を奉る料地であった。この由緒ただしき神田という名は、JR御茶ノ水、秋葉原、神田の各駅と地下鉄の神保町駅をふくむ半径1キロほどの地区を指す。神田祭りともなれば、この一帯が結束するが、こんにち「本の街」と称されるのは、西端の神保町にちかい一画なので、東にはなれた神田駅からは、歩くとかなり距離がある。御茶の水駅を起点にすれば、ニコライ堂など洋風の建物が、緑のなかにしっくり埋まり、都内屈指の町並が目にはいる。背後は細くうねる神田川。見下ろす岸も青葉に覆われ、聖橋のアーチの下には、中央線の赤い車両と銀いろの丸の内線、黄いろいラインの総武線が、カーブをえがいて行き違う。

 家康が神田川を掘ったころ、江戸城にちかい神保町は下級旗本の武家屋敷で、いまの秋葉原、日本橋にあたる東寄りの職人町とは一線を画していた。江戸時代の地図をみると、大工町、白壁町、籠をつくる乗物町に鍋町、漆職人の塗師(ぬし)町など、職業を冠した町名が、一区画ごとに収まり、つくづくと見て飽きない。同業者の棟割長屋があつまった、まことに効率的な産業都市である。残念ながら、これら便利で響のいい町の名は、職人とともに姿を消し、外神田、内神田とおおざっぱにくくられて、鍛冶町や東紺屋町などがかろうじて残るのみ。ふるい店舗や家業を守るひとたちは、いまでは貴重な町の顔だ。

 もとはお武家の神保町も、明治には長屋にかわり、いらい庶民の町として、実直な商売っ気を伝える。書店街となったのは、明治35年頃。東大の前身である昌平坂学問所など、御茶ノ水そばの駿河台には各種学校がひしめいて、学生があふれていた。それを見込んで近隣から、本屋が集まったという次第。瓦屋根の軒を張りだした2階建の店がつらなり、書生風の客がひやかす当時の写真が残っている。東西にのびる靖国通りの南側に集中しているのは、本が陽に焼けるのを嫌って北向きに店を構えたためという。書店のほか、朝日楼など大きな旅館や名高い料理屋、時計塔のそびえる南明館なる百貨店、薩摩座、歌舞伎座といった劇場まであり、歓楽街としても名を馳せた。この町ゆかりの蜀山人や馬琴も遊んだにちがいない。ちなみに近所の旅籠町には芸奴もおり「品位兎に角(とにかく)性質は淡白にして所謂神田っ児の気性」であった由。

 海外のあたらしい文化が流れこんだ明治の国家形成期、神田の書店は貧しい学生にせっせと古本を提供し、洋書の仕入れもはじまった。すぐれた書き手を見出して、出版事業にも乗り出した。経済書の冨山房、辞書や雑誌の博文館などが草分けだ。博文館から分かれた東京堂は、出版社と全国の書店をつなぐ取次を立ち上げ、本の流通を一新させた。神田で成功した書店には、なぜか新潟は長岡の出がおおく、一誠堂などは、小僧から番頭と、ひとを育てて次々とのれんを分け、専門分野をひろげていった。また新設の学校や企業家の古書収拾にも骨を折り、東洋文庫などのコレクションとして残されたのは幸いだ。昭和になると作家の仕事を裏で支えるようになる。司馬遼太郎と高山本店、松本清張と一誠堂のつよい絆は有名だ。

 当世の神田は、ムズカシイ本だけでなく、漫画からアイドル本までなんでもありの迷宮だ。絶版本など目的買いなら、心づよい専門店を目あてに行こう。芝居なら矢口書店、音楽なら古賀書店、ロック系の音楽雑誌はブンケン・ロック・サイド、古いヴィジュアル本と雑誌は源喜堂、新刊ならばタトル商会、岩波の文庫と新書は文庫川村ならたいていのものは見つかる。書肆アクセスでは、地方の小出版社から出た本が、細かくぎっちり揃っている。ちいさな店でも文学、芸術、歴史など、独自の棚づくりがしっかりあるので、あの店のあのあたり、と自分の神田地図をひろげていくのもおもしろい。路面店だけでなく、古書センターなど建物の上の階でも、近代文学や映画、乗りもの、絵本や版画など、個性的な店は多い。看板を注意ぶかく見てゆけば、新たな発見もあるだろう。三省堂や東京堂など、なんでも揃う新刊書店と併せて使えばまことに便利な書店街、さいきんは、外国からのお客もおおい。

 いろいろ見比べていくと、古書の値段も一冊の本の需要と供給の程度、よごれぐあいや初刷りか否かなど、さまざまな要素がうかがえて興味ぶかい。価格になっとくできるかどうかも、じぶんの見識があればこそ。糸目をつけずに買い漁るのもまた一興。もちろん埋もれたお宝を探すのがいちばんの醍醐味だ。
 時にいかめしい「古書店」の扉を押さずとも、店先の安売り本をひやかすだけで、有意義にして実にたのしい。1冊20円からの均一本や、全集などまとめていくらの叩き売りだが、そのラインナップと並べかたで、店内の品揃えと管理の傾向もなんとなくつかめるだろう。店ごとに明確な陳列スタイルがあり、古い木箱やワゴン、ダンボールなど、什器にも個性と年季がうかがえる。お好みしだいで目指す店先はさまざまあれど、たとえばアートや絵本の洋書なら村松書店、文学系なら田村書店のワゴンは回転もはやく、漁るお客の目つきもするどい。ふしぎにほとんどが男客。

 ぽつりと雨が降りだせば、たちまち均一本は店にひっこみあるいはビニールで覆われる。店によっては工事用の青いカバーをしっかりと紐でくくりつけ、のぞくことさえできない。ぶらぶら歩きを楽しむなら、だんぜん晴れた日がおすすめだ。

 年代ものの建物が多いことも、この町が人を呼ぶ理由のひとつ。関東大震災(1923)では町の9割が焼けたものの、昭和のはじめには賑わいをとり戻し、万世橋から電車も通っておおぜいのひとが訪れた。幸い空襲を免れた書店街は、いまでもその面影をのこす2階建ての長屋づくりで、間口のせまい店がきっちりと並んでいた。ビルに建て替えた店もおおいが、奥野書店の個性的な丸い窓のあいた2階の屋根は、当初10軒をこえる書店長屋だったことが写真からうかがえる。本屋のみならず、文房具屋や洋服屋、食堂や小料理屋など、古きよき看板建築もあちこちに残る。喫茶店は、店構えからメニューまでもがなつかしい。

 学生街のせいもあり、安くてボリュームのある食いもの屋に事欠かない。お昼どきは大賑わいだ。
 たとえばご存知とんかつ、天ぷら、天丼のいもや各店。いずれも白木のカウンターのみ。メニューにも店内にも、働くひとの動きにも、余計なものがひとつもない。揚げたてのカツや天ぷらはいうまでもなく、大きな釜からお櫃にうつすご飯は、ほのかに杉の香がして旨い。この簡潔、スピード、くわえて安さ。外国からの友達に宣伝したい日本のファストフードだ。カウンターにつくなり文庫本をとりだすひとが多いのも、出版社のおおいこの町ならではか。

 数ある洋食屋のなかでも、すずらん通りのキッチン南海は、すきっ腹をかかえたサラリーマンが、連日長蛇の列をつくる。コック帽の兄弟が、揚げ物鍋と、炎のあがる生姜焼きのフライパンの前をそれぞれ守って注文をさばいていく。食欲みなぎる男らに混じって、可憐なOLも山盛りの肉を平らげる。まっくろなカレーたっぷりのカツカレーが旨い。カレーといえば、共栄堂やボンディなど、専門店も目白押し。朝の神保町には、あちこちからスパイスの香が漂ってくる。
 靖国通りとすずらん通りのあいだの路地には、さぼうる、ラドリオ、ミロンガなど、伝統あるバー(喫茶店)がいまも変らぬ人気を誇る。ちいさなスナックや料理屋も、昼どきとお酒の時間は、お得意さんでいっぱいだ。長年つづいた飲食店でお客をむかえる店員さんが、なべて気さくで感じがいいのも、下町のありがたさ。

 なつかしい居酒屋もあり、夜も楽しい神田だが、書店の店仕舞いはめっぽう早い。6時ともなれば、古書店の灯りはあらかた消えて、シャッターが閉ざされる。日曜もきちんと休むので、平日の明るいうちに出かけよう。店内のせまい通路で譲りあえる軽装と、店頭セールで獲物を死守する闘争心も忘れずに。
◆靖国通り沿いの書店街
◆神田川の流れる御茶ノ水
◆朝の品出しは力仕事
◆松村書店は洋書の宝庫
◆毎日築かれる本の山
◆親子石も什器の一部
◆二階のかざりも個性的
◆わずかに残る丸窓連鎖
◆シャッターもおしゃれな巌松堂
◆横顔が目立つ看板
◆タンゴがながれる裏路地のバー
◆ギャラリーのある文房堂
◆エギソチックな山小屋風喫茶店

アクセス地下鉄神保町駅、JR御茶ノ水駅など
東京都千代田区神田周辺
本の街 神田 http://www.book-kanda.or.jp/index.htm


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