関東には、小江戸とよばれる古い町がひっそり残る。栃木市もそのひとつ。東武鉄道なら浅草から80分と、交通の便もいい。
まずは蔵づくりの観光館で下調べ。駐在の女性は町の歴史からおすすめのラーメン屋まで、十二分に教えてくれる。記念館や美術館は町の中心部にまとまるが、40を数える蔵や商家は、2キロ四方の町にあちこち点在するため、自転車が一番とのこと。 舟運につかわれた巴波(うずま)川の岸辺には、舟積問屋や豪商の倉庫が往年の繁栄をものがたる。川西へ足をのばせば、栃木高校、市役所と、大正時代のカラフルな洋風建築があり、鯉の群れる県庁堀の名とともに、県都の昔をしのばせる。洒落た洋館の栃木病院など、和洋を問わず個性的な建物いろいろ、八百屋や肉屋、陶器や荒物など、日用品をあきなう店も、なつかしい風情がただよう。最近は観光バスも来るけれど、石やタイル張りの民家や商店、ゆるくうねる川沿いの柳並木、かつて麻綱で舟を曳いた綱手道(つなてみち)など、1、2時間で帰るには惜しい景色がいっぱいだ。
関東と奥州、日光をむすぶ下野(しもつけ)の国は、江戸時代に公用道と河川舟運でゆたかになった。なかでも栃木は家康没後、将軍の日光社参や参勤交代につかわれた例幣使街道と巴波川、陸水両運できこえた宿場と商店の町である。幕末の天狗党による放火に備えて建てられた土蔵をはじめ、黒塀や格子造の商家は戦火をまぬがれ、風格ある町並をいまに伝える。
旧家の筆頭にあがる岡田家は、町の中心北寄りにある。慶長のころ当地の開墾につとめ、徳川家に賜った嘉右衛門の名を代々襲う当主はいまや26代。祖先はひろい屋敷内に陣屋を設けて代官職を務めるかたわら、富岡鉄斎らのみごとな書や画が文人とのふかい縁を物語る。麻をゆでる大きな樽や船など商売の道具にくわえ、3つの蔵には鎧や衣装、蒔絵や陶器がぎっしりと飾られている。 おもしろいのは敷地の一画にそっくり残された理容店。井戸水をつかう洗髪台や、馬のかたちの子供用椅子、火鉢やなぜかオルガンもある。壁にかかった料金表では明治4年の25銭から昭和62年の2,900円まで、物価の推移が読みとれる。
この岡田家の別邸がひときわ立派。 鉄道が敷かれて不要となった巴波川の荷揚場2100坪に、22代当主みずから木場で買いつけた木曽の桧など、銘木づくしの翁館は、長さ12mという欅の1枚板の廊下から、巾1間半の床の間をかざる紫檀の床柱、竹の欄間に杉戸など、簡素ながら材も技も第一級、二階の座敷からは富士の山も望まれる。
館の裏手には、桐の板をつみあげた下駄屋が一軒、栃木は下駄と麻の産地でもある。千代紙のような絵柄が目をひく色鮮やかな塗下駄は、市内の1軒でつくるのみ、観光案内などで手にはいる。路地には判子屋や和菓子屋も多く、のぞいてゆくのもまた愉しい。
川沿いにある表格子の横山郷土館は、左右を石蔵にはさまれた両袖切妻造りが自慢。麻の葉の磨ガラスがうつくしい。古いガス灯の左半分が麻問屋、右が銀行で、帳簿類もそのままに、明治時代の商家のようすが伺える。深岩石づくりの蔵には骨董や衣装がかざられ、奥へまわると市内随一とう庭や来客用の洋館をながめて一服できる。ほかにも浮世絵や錦絵をおさめたあだち好古館、栃木の民具や遺跡をあつめた郷土参考館など、建物ごとじっくりと眺めたい。3棟連なる土蔵を利用した蔵の街美術館は、近、現代の陶芸などを展示している。
きれいな石畳の路地にはあちこち標識があり、観光客も目につくものの、大通りの商店も派手な看板など立てずふだん着のたたずまい。町ゆくおじさんおばさんもどこか控えめで、ものをたずねれば丁寧におしえてくれる。豆腐屋、そば屋が多いのは、なにより水がよい証拠。カンピョウ入りの夕顔ラーメンも有名だ。ジャガイモ入りの焼きそばも「栃木ではあたりまえ」だが、ガイドブックで取りあげられて、食堂でもアピールしはじめたとか。観光館の女性によれば、学生相手に駄菓子屋のおばあちゃんがつくる200円でおなか一杯になるようなのがお薦めとのこと。このごろは若い人による飲食店が増えて、活気も出てきているそうだ。
ゆっくり腰を落ちつけるなら、例幣使街道を北へのぼった油伝味噌もいい。江戸天平年間に油屋として創業し、幕末にはじめた味噌づくりは、2年仕込みの本物だ。市外では手に入らない味噌各種を売るだけでなく、田楽を食べさせる店の構えは、時代劇を思わせる。明治時代の味噌樽を用いた2mほどの卓や天井板、奥の小座敷には囲炉裏があり、隅の棚には「油屋商店」の名入り大徳利など素朴な益子焼や煙草盆、古いラジオや扇風機がしっくりと置いてある。現役の木製レジスターはじめ、いずれも店で代々使ってきたものという。炭で焼いた豆腐やこんにゃくの田楽も、昔ながらの味わいだ。
塀に沿った細い路地を行ったり来たり、手ごろな下駄に鼻緒をすげてもらったり、おいしそうなお菓子を買ったり、あっという間に日が暮れる。公園に集う家族づれやお年寄りをながめ、ひと汗流しに風呂屋へ向かう。タイル絵ばかりかタイルに嵌めこまれた水槽にもほんものの金魚が泳ぐ金魚湯は、曜日ごとに替わり風呂がたのしめる小さな湯船が3つならぶ。「エレキバン、はり薬ははがしてお入りください」と張り紙のある脱衣所で元気よく話すおばさんは、そろって肌がつるつるだ。まいにち通う常連は、祭りになれば山車を出すほど結束が固いとか。
風呂上りに一杯呑んで、夕顔ラーメンに舌鼓、晩ごはん時の自転車屋さんにレンタサイクルを返し、駅へ向かえば家路も近い。山車で名高い秋の祭りや蔵の町音楽祭、桜のころなら大平山の神社など、何度でも来てみたい。
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| ◆黒塀のみえる巴波川の綱手道 橋にはおおきな鯉のレリーフ |
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| ◆県庁堀を見下ろす市役所別館は大正9年築 |
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| ◆庭木も整う岡田記念館 |
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| ◆火鉢のみえる理髪店 |
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| ◆鼻緒もあざやか栃木の塗下駄 |
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| ◆横山郷土館の蔵は大谷石の10倍値の張る深岩石 |
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| ◆天平創業 油伝味噌の店構え |
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| ◆通ってみたい栃木病院 |
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| ◆ワイン湯アロエ湯 金魚湯は300円也 |
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