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はるばる来たぜ 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
 百けん先生じゃないけれど、用事もないのに電車に揺られ、遠くに行くのが夏のならい。見知らぬ田舎の景色だけでもうれしいが、せっかくだからなにか見聞してきたい。夏のおわり、手元にのこった鈍行一日乗り放題のきっぷ3枚。思いきって讃岐は丸亀の美術展を見に行こうと思い立つ。日中3日乗り継げば、どうやら往復できそうだ。

 横浜を発ち、東海道線をひたすら西へ、まずは湖東の彦根まで。遠征ついでに鎌倉と静岡で美術館をハシゴする。鎌倉は鏑木清方記念美術館にて、明治の風俗展。「たけくらべ」「にごりえ」など樋口一葉ほか小説の挿絵が多い。和紙の質感、筆の淡さが繊細だ。襟がくたくたの着付けなんかもおもしろい。
 大船で名物鯵の押し寿司を買いこむが、熱海からの電車はロングシートで飲み食いには具合がわるい。鎌倉から静岡まで2時間半。週末ゆえか、ほどほどの混み具合。静岡駅から登呂遺跡行きのバスで芹沢けい介美術館を再訪する。貝や島など夏らしい文様ぞろい。今回の目玉はうちわ展。壁際にぎっしり並んだ色柄のバリエーションは壮観だ。船や壺、そばちょこまで、あらゆる形をまるい枠にぴたりと収めた作家の手際は鮮やかだ。コレクションのテーマは日本の藍染め。風呂敷、被衣、万祝いなど、日常着からハレの装束100点余り。めずらしい花文絣の浴衣がいい。

 寄り道すんでまた西へ。掛川あたりは山の斜面に細かく区切った青田もあれば、既に刈られた稲もある。わずかな土地にも果樹や野菜の畑、こんもり並ぶ茶畑も、関東では見られぬ景色。浜松あたりで降り出した雨が、岡崎で更につよくなる。6時半には日も暮れて、粗のかくれた町の灯りは旅情をかもし、川辺はとりわけうつくしい。

 城を見あげる彦根で一泊、2日目は琵琶湖線を西へと向かう。窓から琵琶湖はあまり見えない。高層ビルが立ち並ぶ大阪や神戸を過ぎると、姫路より西は山に囲まれた米農家のゆったりした集落がひろがっている。入母屋作りの瓦屋根が立派な2階建と、青から黄色の稲穂が目にも快い。車内は釣や行楽客でいっぱいだ。岡山から香川の坂井までは高速マリンライナーで40分。柱の太い橋のうえをゆっくり進むが、島や半島がおおいので、あまり海を感じない。ゆうべ馴染んだやわらかな近江弁から、「・・じゃからな〜」と広島弁に言葉もかわる。

 香川に渡って坂井の駅はきれいに晴れ上がり、ホームに流れる「瀬戸の花嫁」がご愛嬌。もう2駅でついに丸亀へ到着だ。彦根から5時間余り、つよい日差しに四国まではるばる来たと感がわく。駅正面にそびえるオブジェも南国らしい開放感だ。この駅前広場に道路一本で面しているのが、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館。全国広しといえども駅前に建つ美術館はほかにない。黒い貝がらなど巨大な3つの彫刻のうしろに建つのは、白と黒のすっきりとした建物だ。正面の壁いっぱいに描き散らされた、子どもの落書きみたいな楽しい壁画も、猪熊の作品だ。

 高松市に生まれた洋画家、猪熊弦一郎(1902〜1993)は、30年代のパリでマティスとも交流し、その後20年間NYで暮らした日本の現代アートの草分けだ。明るい色彩の抽象画やコラージュ風の作品は、いま見ても新しい。デザインにも優れ、石ころをモチーフにした白地にピンクの三越の包装紙なら、ご存知の方も多かろう。
 子ども好きの猪熊は、多くの市民、とりわけ子どもが現代アートを日常的に楽しめる美術館を作るのが願いであった。88年に瀬戸大橋が完成し、新旧の文化を併せた町づくりを進めていた丸亀市が、その理想を全面的に受け入れることを条件に、2万点余りの寄贈作品とコレクションをもとに開館したのが91年。高校生以下は無料で自由に入館できる。
 「美術館もひとつの芸術作品たるべし」という画家の注文に応えたのは、今年完成のNY近代美術館の改築を手がけた谷口吉生。幼いころから猪熊にかわいがられた谷口は、「とにかく大きなスケール感とよい光」という大前提に、調度やロゴにもその意見を取り入れて「人と作品だけ」の簡潔な空間を実現させた。
 四国にあって、魅力ある企画展を巡回ではなく独自に立ち上げ、猪熊の遺志を貫いている丸亀市。イサム・ノグチ、クリスト、三宅一生ら大きな企画展が次々と開かれている。そして今回は異色の若手、やなぎみわが選ばれた。

 奥行き約35メートル、3階の広いスペースが企画展会場だ。美しい高架が透けて見える天井から、やわらかな光が射している。今回の「少女地獄極楽老女」展は、やなぎのライフワークである「My Grandmothers」が中心だ。実在の若いモデルが自らの半世紀後を想像し、やなぎとの対話を長ければ一年半も重ね、互いに納得した姿を特殊メークやCGによる写真作品に仕上げる。各国の老女が都市を背に祖母の思い出を語るビデオ・インスタレーションは、丸亀市の小中女学生による吹き替えだ。

 2階は猪熊の常設展。広い壁にゆったりと色彩豊かな作品が並び、子どもに合わせた低いガラスケースには、針金をつかった虫などのオブジェやコレクションが無数に納まる。1階のミュージアムショップでは、ポップな風呂敷やカップが人気。奥には図書館やホール、外階段をのぼった3階にはカフェもある。階段のうえから見下ろす駅前広場の眺めもよく、ちょっと立ち寄るのにもいい。

 せっかく讃岐を訪れながら、丸亀城や「うちわの港ミュージアム」、うどんを食べずに帰るのはいかにも惜しいが、乗り継ぎ旅ゆえ詮もない。岡山へ渡るのに、折りよく着いたトロッコ列車に乗ってみた。一両だけの窓なし列車はゆっくり走って瀬戸内の景色を堪能できる。床も一部がガラス張りで、足許から泡立つ海を眺めたり、べたつく潮風にあおられながら、ポコポコ浮ぶ小島や半島の緑、その先っぽにみえる100軒に満たぬ集落など、思わぬ景色の土産をもらい、こんどは東へ長い帰途。


※やなぎみわの「My Grandmothers」の詳細はこちらをご参照下さい。
http://www.yanagimiwa.net/My/index.html
◆芹沢けい介美術館「うちわ展」
文字や幾何学、動植物や玩具など、400種のうちわが作られた
◆芹沢コレクション「日本の藍染め」より
◆石組みのカーブがきれいな彦根城外堀
◆煙たなびく近江の農家
◆丸亀駅前広場から見た猪熊現代美術館正面
◆「とにかく大きなスケール感とよい光」という猪熊の希望 にかなった2階常設展
◆常設展の大きなケースは針金の虫など猪熊オブジェ
◆エントランスから彫刻のむこうに見える駅前広場。設計は ピーター・ウォー
◆潮風を浴びるトロッコ列車は足許からも海が望める
◆海に突き出す瀬戸内のちいさな集落
◆トロッコ列車からゆっくり眺める無数の島と船


アクセス 【新幹線利用の場合】
新幹線岡山駅で乗り換え
予讃線(松山方面行)又は土讃線(高知方面行)特急で丸亀駅下車徒歩1分

【飛行機利用の場合】
高松空港より丸亀 までタクシーで約40分
香川県丸亀市浜町 80−1 Tel: 0877-24-7755 Fax: 24-7766
http://web.infoweb.ne.jp/MIMOCA/index.html
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館


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