四国をたずねて関東へもどる電車の旅は、ちょうど半ばで琵琶湖を通る。湖畔の景色をいちどは間近で見たいもの。信長秀吉ゆかりの近江は古刹も多いが、今回は夜明かしついでの駆け足見物、三井寺に的を絞った。
夕方4時ころ岡山駅を発ち、普通列車で東へ向かう。山と田んぼと立派な農家の集落をいくつも通る。明石の手前、噴水のある堀のむこうにのぞむ姫路城の天守閣。近畿にはお城が多い。城は町のオヘソのようなものかと臍なしの町に住む身はあこがれる。姫路で乗り継ぎとっぷり暮れて着いた大津は、人気も灯りもすくない駅だ。駅前の宿に荷をおろし、まずは琵琶湖へ行ってみる。まっくらな通りを1キロばかり、ホテルのならぶ湖畔では、さいわい名物びわ湖花噴水に間にあった。大津港沖合でさまざまに形を変える噴水は、横幅440メートルと世界でも珍しい。夜は緑に赤にと色も変わって幻想的だが、あいにくの雨である。
旅に出たなら土地のものを味わいたいが、繁華街のない町では、これが案外むずかしい。雨脚も激しくなって、レストラン街のあるビルに飛び込むが、解凍のいろも無残な「海鮮」に慌てて退散。店を替える気も失せて、駅への道をとぼとぼ帰れば、宿の1階に灯りがついて、居酒屋らしい店構え。格子戸から中は見えぬが漏れる人声、イチかバチかで引き戸を繰れば、威勢よく迎えられ、小料理屋風のこぎれいな様子にひと安心。よく冷えた生ビール、こくのある丹波の枝豆、突き出しの自家製卵豆腐に萎れた心も生き返る。お造りは、砕いた氷を敷いた金網のうえ、ブリにヒラメに剣先イカ、味見にもらった近江牛まで、甘さにおもわず舌鼓。京風のお惣菜も、出汁のうまさに感心するが、京都では白醤油ゆえ、近江とはまたひと味ちがうとか。
名物の鮒ずしも、お猪口にひとくち味見の親切。内臓を除いた塩漬けのニゴロブナを、炊き上げた米で漬け込み発酵させた琵琶湖の珍味は、酸っぱい香がなかなかきつい。万人向けとは言いがたいので、近江へ修業に出てきた若者が、親戚から「腐った魚を送りやがって」と恨まれたという笑い話も本当らしい。あした訪ねる近江八幡ご出身の板前さんにあれこれ聞き出し、お給仕も気持よく、傾きかけた近江の夜はめでたく閉じる。灯台もと暗し。同じ建物の5階の部屋で、窓からきこえる虫の音を枕に眠る。
翌朝は雨も上がってふたたび琵琶湖へ降りてみる。強い日差しに停泊した客船も白々とおおきく見える。散歩に集う犬といっしょに水辺の空気をたのしんだ。岸には近代的なホテルに混じって古い旅館も建ちならび、そのちかくには格子戸のある木造の商家や民家が意外に多い。斜めの石組みとうす緑のフェンスがきれいな琵琶湖疎水に沿ってあるくと、目の前にそびえる草深い山が三井寺だ。門までの道はちょっとさびれた感じだが、姿のよい門をくぐれば、手入れの行き届いた木立のあいだ、ひと山そっくり日本建築の粋づくし。
三井寺すなわち園城寺は、日本四箇大寺の一つに数えられる天台宗の総本山。天智、弘文、天武天皇の勅願により建立され、「長等山園城寺」と称したのがはじまりらしい。俗にいう三井寺の名は、天智天皇らの産湯につかわれた霊泉ゆえ「御井(みい)の寺」と呼ばれたのに由来する。再三の兵火で焼失しながら、豊臣、徳川氏らの再興により、国宝級の寺宝がゆたかに残された。
さいしょに目を引く仁王門も、家康により甲賀から移されたもの。抜けてすぐ右手には、室町時代の釈迦堂がある。中世寺院の食堂(じきどう)様式という平べったい建物だ。門の正面にどっしり構える金堂は、秀吉の北政所により再建された、桃山時代の名建築。裾がするどく広がった照り屋根がうつくしい。
その傍らの鐘楼は、姿はむろん音でも聞こえた日本三銘鐘の一、三井の晩鐘。低くひびくその音色はなるほど耳に心地よく、朝に晩に聴いたなら、さぞかし心和むであろう。金堂の裏手へ小道をゆくと、霊泉を護る閼伽井(あかい)屋がひっそりと建っている。うす暗いなかからごぼごぼと湧き水の音、小屋の正面上部には、落語でおなじみ左甚五郎の彫った龍がにらみをきかす。その目玉に5寸釘が刺してあるのは、夜な夜な小屋を抜け出して、琵琶湖で暴れたせいという。
山には主に13の建物が、木立を縫うしずかな小道で結ばれている。灯籠のならぶ石段や、池にかかる苔むした石橋のわきには青紅葉などが色を添え、すがすがしいことこの上ない。ぐるりと巡って西の際には、西国十四番札所である観音堂。ここからは、琵琶湖までが一望できる。観音堂から長い石段を一気に降りて受付で大津駅までの道をたずねると「2キロ半あるがよろしいか」とおばさんが教えてくれる。町なかには、立派な木造の和菓子屋、提灯屋、呉服屋などが軒をつらねる通りがあった。
お寺のあとは町なみ見物、大津駅から琵琶湖線で20分、近江八幡は秀吉の甥、秀次により八幡山の麓に築かれた城下町。城を囲む堀のまわりは、白壁の土蔵や黒板の商家が当時の活気を伝えている。柳のゆれる石畳の遊歩道や、丸木を模した橋がかかるお堀端は風情がある。豪商が軒を連ねる新町通りや路地の民家も黒板づくりがよく残り、窓をサッシに替えるなどして大事に使われているらしい。メンソレータムでおなじみの近江兄弟社を興したヴォ-リズの自邸をはじめ、手がけた洋館は市内に27軒、あれもそうかと判定しながら洋館さがしをするのもいい。いまは瑞龍寺だけがのこる八幡山へのロープウェイの登り口には、近江商人に慕われてきた牟礼八幡宮がある。杉などの古木にかこまれた境内には、銅版葺きの拝殿や、松の板絵が描かれた能舞台があり、毎年春には左義長まつりで賑わうという。
月曜は資料館などが休みのせいか、商家も通りもひっそりとして、レンタサイクルで気ままに走るあちこちで、軒先をかざる植木の鉢や、洋館の椰子の木が目をなごませた。
琵琶湖のほとりは史跡や古刹、ふるい町並、水郷の自然や景勝地など、見どころがいっぱいだ。またの機会をたのしみに、近江牛の専門店で揚げてもらったコロッケとビール片手に、琵琶湖線のお気に入り、前方向き二人掛け席へ納まった。 |
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| ◆刻々と形をかえるびわ湖花噴水 |
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| ◆客船が引き立つ朝の湖畔 |
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| ◆琵琶湖疎水の水門 |
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| ◆三井寺の仁王門は家康により甲賀から移された |
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| ◆国宝金堂。秀吉の北政所により再建された桃山時代の名建築 |
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| ◆境内の緑もうつくしい |
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| ◆開祖の廟所、唐院の建物群は、ひときわ高い敷地に建つ |
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| ◆家康により奈良から移された三重搭は、菱格子がめずらしい
室町初期の作 |
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| ◆八幡堀沿の白壁土蔵 |
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| ◆商家はさまざまな格子戸細工 |
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| ◆ヴォ-リズ自邸を公開した記念館 |
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| ◆元気な歌声がもれる八幡小学校。大正6年 田中松三郎の作 |
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